学園長編小説/梓 第二部
第八章・空手で勝負!(1)
真条寺家の屋敷の二階バルコニー。梓がガーデニングテーブルセットに腰を降ろして、静かに小説を読んでいる。ふくよかな髪がそよ風にたなびき朝の光を受けてきらきらと輝く。時折その髪をかきあげる仕草は、文学少女をほうふつとさせる。
テーブルの上には、コルクのコースターの敷かれたジュースグラスが、外気を冷やして露となってグラスの周りを曇らせている。
テーブルの脇には、銀製のトレンチ盆とテーブルナプキンを小脇に抱えた美鈴が、目を臥しがちにしてたたずんでいる。
まさしくお嬢さまといった風情格漂う朝のひとときであった。
そんな雰囲気をかき乱す人物が入って来る。
沢渡慎二、その人であった。
「何だ、こんなところにいたんだ。広い屋敷だから、やたら探したぜ」
「どうして、おまえがここにいる」
「その言い方以外知らないのかよ。まったく毎回毎回」
「知らん」
「言っとくけど。今日は、ちゃんと麗香さんに通してもらったぜ」
「で、何の用で来たのだ」
「と、その前に。俺にもジュース持ってきてくんない。メイドさん」
が、美鈴はぴくりとも動かない。主人の梓以外の声は、耳にも届かないといった風である。
「んじゃ。これもらう」
といって、梓のジュースを横取りしてしまった。
「あ、あたしの」
ごくごくといっきに飲み干してしまう慎二。
「ぷはあ……うまい。もう一杯ほしいな」
「まったく、しょうがない奴だ」
梓は、呆れたといった表情をしながら、
「美鈴さん。悪いけどもう一度持ってきてくださるかしら。同じものを二つね」
「かしこまりました」
軽く礼をして、テーブルに寄って来る美鈴。
「お下げいたします」
テーブルの上のグラスとコースターを銀製のトレンチ盆に乗せ、ナプキンでテーブルの上の滴を拭うと静かに後ずさり、窓際に置いてあったテーブルワゴンにトレンチ盆を置いて、深々と頭を下げてからワゴンを押して退出した。おそらく十数分後には、テーブルワゴンで、トレンチ盆に冷たいジュースを二つ乗せて運んでくるのであろう。
「相変わらず英語の小説読んでんのか」
慎二は梓の読んでいる小説を覗きこんで尋ねた。
「何を読もうが勝手でしょ」
「おまえ、漢字がまともに読めねえんだから。日本語の小説読んで慣れたほうがいいんじゃないのか」
「日本語の勉強の時間はちゃんと取ってあるわよ。今は自由時間だから、好きな本読んでててもいいでしょ」
「国語と言わずに、日本語というところがやっぱりアメリカ人だな」
「ふん。で、何しに来たのかと、さっきから聞いているの!」
「おうよ。俺が来たのは他でもない」
「デートならお断り」
「う……」
図星を突かれて、しばし言葉を失う慎二。
「ひ、ひと言の下に否定したな」
「デートする理由がないもん」
「こんなにいい天気なのに、屋敷でくすぶっているのはもったいないと思わないか」
「何してようが、あたしの勝手じゃない」
「じゃあ、じゃあ……」
言葉に窮しつつ、一生懸命にデートの口実を探そうとしている慎二。その様子を横目でみながら涼しい顔をしている梓。
「よ、よし。こうなりゃ、勝負しようぜ」
「勝負?」
「手合わせして、俺が勝ったらデートしろ」
固まったまま、しばらく見つめ会う二人。丁度メイドがワゴンを押して、ジュースを運んできた。異様な雰囲気を感じ取りながらも、黙ってジュースを二人の前に差し出した後、静かに下がって再び待機の姿勢に入った。
ふっとため息をついて梓が口を開いた。
「いいわ。受けてたってあげる。で、勝負の方法は? 喧嘩はだめよ。ちゃんとした武術で闘いましょう」
「そうだな……。なら、空手にしよう」
「時と場所は?」
「お、おう。明日の放課後、空手部の道場だ」
「わかったわ」
「に、逃げるなよ」
「逃げるものですか」
「約束したからな」
恵美子がそばに寄ってきて進言する。
「お嬢さま、ピアノのお稽古の時間です。先生もお見えになっております」
「おまえ、ピアノの稽古なんてしてるのか?」
いきなりげらげら笑いだす慎二。
「悪いか!」
「似合わねえよ」
「麗香さんがうるさいんだよ。しかもちゃんと上達してないと、道場への立ち入り禁止にされちゃうんだ」
「たいへんだな。文武両道のうえに芸術もやらにゃならんのか」
「そう思うならデートとか言い出してあたしを、悩まさないでくれる?」
「それとこれとは、話しが別だ」
とにもかくにも話が付いたので引き下がる慎二だった。
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⇒準備中