真菜美の場合
(一)
あたしが、先生の産婦人科病院に来てから、二ヶ月になろうとしている。
身体と精神の融合も進んで、自由に歩き回れるようになった。
トイレで用を済まして、洗面所の鏡に自分の姿を映してみる。
頭部の手術の際に剃った髪の毛は、五分刈り程度に伸びている。女の子なのに可哀想と由香里お姉さんが買ってきてくれたかつらを被っている。
「ねえ。直人さん、起きてる?」
(起きてるよ)
「この髪、どう思う?」
(いんじゃないか?)
「もう……もっと他の言い方ないの?」
(ない!)
「つれないのね」
(おせじを言っても何の得にもならんからな)
さっきからあたしが話し掛けているのは、柿崎直人さんというあたしの脳の中に存在する、もう一人の人格。……じゃなくて本当は、直人さんの脳の中にあたしの方が居候しているんだけどね。でもその脳を納めている頭を含めた身体は、あたしこと桜井真菜美、十六歳のものだよ。ちょっと複雑な関係だけど、大家のあたしの家に直人さんが間借りして、その部屋の一室にあたしが居候しているというところ。
え? どういうことかって?
知りたかったら、先生に直接聞いて頂戴。
同じところに一緒にいるから、考えている事が以心伝心で相手にも即座に伝わるの。これって便利なようで不便。だって男と女という相容れない人格が一緒にいるんだもの。いろんなところで衝突が起きちゃう。
着替えとか用足しとか、女の子として見られたくないこと一切を、彼に見られちゃうんだもんね。これって本当なら、笑い事じゃあ済まされないのよね。
まあ何にしても、こうなってしまったからには、現状を受け入れるしかないんだ。
「でもさあ、この身体を自由に動かせるのは、あたしだけ。ほんとに、直人さんの自由にはならないの?」
(ああ、だめだ。全然、動かす事ができん。見える・聞こえるなどの感覚情報は逐一感じる事ができるんだが、動かす・喋るなどの行動や情報発信は一切だめ。すべて受け手だけしかできないんだ)
「どうしてなのかな、あたしの脳は、元々直人さんだったのに」
(先生が言っていただろ。脳神経活性化剤の影響で、女性脳になってしまったようだって。たぶん、男性の意識であるこの俺を、女性の脳が拒絶しているんだ)
「でも、意識はちゃんと残っているのに?」
(まあ、ほんの一時ではあるが、動かせる時もあるよ)
「へえ、それっていつ?」
(寝起きで、ぼーとしている時さ)
「ああ、あたし。低血圧で目覚めが悪いのよね。そっか、意識朦朧としている時には、動かせるのね」
(たぶんな。後、夜中に目覚めてトイレにいくときもな)
「夜中にトイレ?」
(そうだよ。身体は半分眠った状態でさ。おしっことか、俺がしてあげてるんだぞ)
「もう……。女の子に恥ずかしい事言わないでよ」
(言ってねえよ。俺は喋れないんだ。真菜美の意識に直接語り掛けているんだから)
「それで……あたしの意識がないのをいいことに、変な事してないでしょうねえ」
(するか! そんなことしたら、はっきり目覚めてしまうだろうが)
「あ……そうだったね。それで、あたしが完全に眠っている時はどうなの?」
(だめだね。真菜美が眠るというのは、脳が眠ることだろ。だから俺の意識もなくなる)