梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件
(十二)地下室  中に入って驚いたのは、よくSF漫画なんかに出てくるような、培養カプセルとも 言うべき装置の数々だった。ガラス製の円筒の中に液体が満たされ、その中に多種多 様の動物が浮かんでいた。下から出ている泡はたぶん酸素であろう。 「ちょっと待って! これは確か……」  梓の脳裏に思い浮かんだのは、若葉台生命科学研究所の地下施設であった。 「どっかで見たような気がするぜ」  慎二が知らないはずはないが、梓を助ける一心であれだけの大火災に飛び込んだのだから、炎に巻かれて周囲のことにまでは目に入らなかったかもしれない。 「これって何だ?」 「おそらくクローン生物よ。鼠、猫、犬……」  奥に進むに従って生物は大きくなっていた。  小動物の鼠から始まって、少しずつ大型動物へと研究が進んでいるようだ。  やがて二人が見たものは……。  人間だった。  培養カプセルに浮かぶ裸の女性。 「どこかで見たような顔だな」  と、じっとその顔を凝視する慎二。 「なにボケてるのよ。これ、あたしじゃない!」 「梓ちゃん?」 「あたしのクローンよ。でもなんで?」  とその時だった。 「お久しぶりですね」  背後から聞き覚えのある声がした。  振り返ってみると、まさしくあの時の研究員だった。 「あ、あなたは!」 「どうやってあの大火災から逃げ出せたかは存じませんがね。再びお会いできて光栄です」 「今まで、どこで何をしていたの?」 「あれからですか?」 「そうよ」 「長年研究し続けてきた成果を一瞬で灰にしてしまったものでね。悲観して自暴自棄になって自殺しそうになりましたよ」 「あほくさ……。あんたが放火したんじゃないの」 「ところでそこの彼氏は、あなたの事は知っておられるのかな?」 「ああ、知っているぞ」  慎二も状況を飲み込めているようだった。 「ならば、隠し立ては必要ないですね」 「研究は続けていたみたいね」 「それが僕の生きがいですから」 「研究資金はどこから? これだけの設備、個人のポケットマネーで賄えないわよね」 「それは秘密です」 「まあいいわ。で、これはどういうこと?」  と培養カプセルのガラスをコンと叩いて尋ねる。 「見ての通り、あなたのクローンですよ」 「あの時に、密かに採取していたのね?」 「その通り!」 「クローン作るには、細胞核の他に誰かの卵子が必要よね?」 「一般的なクローンは、核を除去した卵細胞の中に、同種の別の生物の細胞核を挿入して作るんだが。僕のはちょっと違うんだよ」 「どういうことよ?」 「それはね……」  と含み笑いしてから言葉を紡ぐ。 「使用する卵細胞は、君のものを使っているんだよ。君の卵細胞に、君の細胞核を挿入して発生させたもの」 「どういうこと?」 「君が生命科学研究所に移送されてきた時に、ちょっとばかし卵子と細胞をね。頂いていおたのだよ。未成熟の卵子を培養して生殖可能なまで育てた上で、細胞核を移植したんだ」 「ちょっと伺ってもいいかしら?」 「何かね?」 「わざわざ、あたしの卵子を使ったのは何故? 他の女性の卵子でもいいんじゃない? クローンだよね?」 「自殺遺伝子というものがあるのは知っている?」 「アポトーシスね。ミトコンドリアが関係してるって聞いたけど」 「そうだね。卵子の白身の部分にもミトコンドリアがいるんだけど、遺伝子の一部は卵核の中にも取り込まれていてね。他の女性の卵を使った場合、卵子の中のミトコンドリアと移植された卵核の遺伝子情報が繋がらないという状態になるわけね」 「どういうこと?」 「つまり通常の卵細胞には、白身に銀行印、核の中に預金通帳があると考えればよく分かるよ。A銀行の印とB銀行の預金通帳では、預金は降ろせない。預金通帳だけでも、身分証明書とかを呈示したりすれば降ろせるだろうけど、時間が掛かるだろ?」 「まあ、そうでしょうね」 「しかし、発生においては待ってはくれないんだ。適時的確に遺伝子情報を得て分化していかなくちゃならないのにね。つまり上手くいかないということさ」 「それで、あたしの卵子と細胞を使ったのね」
     
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