思いはるかな甲子園~試合開始~
2021.06.22
思いはるかな甲子園
■ 試合開始 ■
栄進高校と城東学園高校の野球部員の面々が内野に二列に並んでいる。
当然のことであるが、城東部員の視線は梓に集中している。
この日のために特別誂えしたユニフォーム姿が眩しい。
長い髪をポニーテールにまとめて、飛ばないようにゴム紐の付いた特製野球帽を軽く被っている。
練習試合だから帽子を被らなくても良いかもしれないが、一応マナーとしてのルールは守るべきである。
そもそも女子が参加していることからして重大なルール違反なのだが……。
「城東高校の先攻ではじめます」
「よろしくおねがいします!」
帽子を脱ぎ挨拶をかわす一同。
一斉に守備に散る栄進高校の面々。
マウンドに昇る梓。
正捕手の山中主将に向かって投球練習を始める。
城東側のベンチ。
「しかし、本気で女子がまともに投げられるのですかね」
「なめられたものですねえ、城東も」
じっと梓の投球フォームを凝視している沢渡。
「そうでもないぞ。あの女子生徒……素質がありそうだ。なかなか良いフォームをしている。少なくともフォアボールの続出というのはなさそうだ。あなどってはいけない」
「おまえのかいかぶりじゃないのか」
それには答えずに梓の投球に釘付けの沢渡。
「しかし、下手投げってのはやはり女の子ですね」
別の部員が、ほくそえむように言った。
「上からだと胸が邪魔で投げられないんだぜ」
「馬鹿野郎。そんな大きな胸してるか?」
「まさか、下手からの大リーグボール3号なんて魔球を投げるんかな」
「そりゃ、漫画だぜ」
「あははは」
腹を抱えて笑い出す城東のナイン達。
その冷笑を耳にしながらも、冷静に投球練習を続ける梓。
「あいつら! 梓ちゃんの悪口を言ってやがる。ちょっと文句を言ってくる」
郷田が飛びだそうとするのを、山中主将が制止する。
「よせ! そんなことすれば、よけいに梓ちゃんを傷つけることになるのがわからんのか」
「しかし……」
「いいか、やつらが梓ちゃんのことを何と言おうとも、梓ちゃん自身が動かない限り、俺達は黙って見ているしかないのだ」
「やつらに言わせるだけ言わせていいのですか」
「そうだ。梓ちゃんを笑い物にさせたくなかったら、俺達がしっかりバックアップして勝ってみせることだ。それしかないんだ、いいな」
「わ、わかりました」
「キャプテン、是が非でも勝ちましょう。そして笑ったあいつらを見下してやりましょうよ」
木田が意気込んで進言する。
「その意気だ。みんなしっかり頼む」
「おお!」
「始めてください!」
主審の一声で、キャッチボールしていた内外野からボールが返球される。
それぞれの定位置で守備体制に入る栄進の部員達。
ゆっくりと城東の一番打者がバッターボックスに入って、
「プレイ!」
試合開始の声がかかる。
身構える栄進高校守備陣の面々。
「さて、見せてもらいましょうか」
先頭打者である金井主将が打席に入った。
ゆっくりとした動作で投球動作に入る梓。
地を擦るような下手投げから繰り出されるボール。
ボールは地を走るような低い高度から、円弧を描くように捕手の山中主将のミットに吸い込まれる。
「ストライク!」
大きく手を上げてストライクコールをする審判。
「いきなりど真中かよ」
二球目、ぼてぼてのファーストゴロとなるが、運悪く内野安打となってしまう。
「うまい具合に球が死んでいたからな……」
一塁に生きた金井はラッキーだと思っていた。
二番打者の佐々木一塁手。
梓が右腕を後ろに廻して、指でブロックサインを送っている。
「五四三のダブルプレーか……」
内野手がそれを見て梓の意図を察知した。
「俺のところへのサードゴロだな」
サードの安西が身構える。
梓が相手の打ち頃のコースへ投げ入れてやると、打球は予想通りのサードゴロとなって、安西のグラブへ入り、見事五四三のダブルプレーとなった。
一塁上でくやしがる佐々木。
回は進み、城東打線は打ちあぐんでいた。何とか塁には出るが、三塁には到達できないでいた。ダブルプレーもすでに七個。
「なるほど、そういうことか」
「どうした? 沢渡」
一同の視線が沢渡に集中する。
「彼女は、俺達の好きなコースや癖を知り尽くしているみたいですよ」
「そうだな。そう言われればみんな初球か二球目に手を出している。打ちやすいからつい手を出している」
「それが彼女の付け目なんですよ。打った球は彼女の狙い通りのコースに飛んでくれるというわけです」
「なるほど、よし!」
金井主将がタイムをかけて、バッターを呼び寄せて耳打ちしている。
「わかりました。やってみます」
バットを握り締めて再びバッターボックスに戻る打者。
「六番、ショートの浅野君か……内角低めが得意だったわね。サードゴロか」
沢渡が気づいた通り、梓は城東のメンバーの癖を知り尽くしていた。一年前の浩二が調べ上げた記憶の断片と、梓自身が春の選抜試合の選考基準となる県・地区大会を観戦して得たデータ、及びインターネット等からの情報からである。
サードにサインを送って、投球モーションに入る梓。
その瞬間だった。
打者の浅野は、右足を後ろに退いて身構えたのだ。
「え?」
驚く梓。
狙い通りの内角低め、浅野の癖からサードへ転がるはずだった。しかし、右足を退いた為に、打線方向が右にずれて打球は、梓の足元を抜けてセンターへのヒットとなったのである。
そして続く打者も、梓の思惑を交わして、打ち方を変えてきたのである。
連打を浴びる梓。
ワンアウト、満塁のピンチであった。
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思いはるかな甲子園~練習試合~
2021.06.21
思いはるかな甲子園
■ 練習試合 ■
河川敷き野球グランド。
練習を続ける野球部員達。
副主将の武藤が指揮を執っている。
「よし、六四三のダブルプレー!」
おお! という内野手の返事。
「順平、内角低めに投げろ!」
「はい!」
ピッチャーマウンドに立つ順平が、指示されたコースへ投げ入れる。
「いくぞ、ショート」
「よっしゃー」
順平が投げ入れたボールを確実にヒットしてショートへ運ぶ武藤。ボールを確実にヒットし、打ちわけのできる武藤ならではの練習方法であった。もっとも相手がバッティングピッチャーであり、コースも判っているからできる芸当である。順平にしても、指示されたコースに放りこむことのできる技力が、かなり備わってきていた。
グランドの隅で投球練習している梓。その相手役の捕手を務めていた田中宏にむかって、そばで見ていた山中主将が伝える。
「宏! 梓ちゃんをマウンドに上げろ」
「あいよ」
宏ボールを梓に軽く投げ返して、
「梓ちゃん、出番だよ」
それを受け取って答える。
「はーい」
それまでバッティングピッチャーをやっていた順平がマウンドから降りながら、声をかけてくる。
「頑張ってください」
「うん」
軽く答える梓。
そして熊谷相手に投球練習を開始する。
「梓ちゃん、しっかりね」
「ファイト!」
部員達からも声援がかかる。
それに軽く手を振って答える梓。
順平は、球拾いのため外野の奥に回る。
「うーむ……梓ちゃんがマウンドに登ると、みんなの表情がしまってくるなあ」
バッターボックス後方で梓の投球を見ている武藤に山中主将が語りかける。
「梓ちゃんにいいところ見せようって魂胆みえみえですけどね」
「まあ、それでもいいさ。練習に身がはいってさえいればな」
「しかし、ほんとにいいんですかねえ。女の子に投げさせて」
「しようがないだろう、梓ちゃん以外にまともにピッチャーつとまる奴、いねえんだからな。ピッチャーなしでどうやって練習しろってんだよ」
「そりゃそうですが……一応、順平はピッチャーなんですけどね」
「ありゃ、だめだ。まだまだ、バッティングピッチャーにしか使えん」
「やっぱし……」
「スピードとコントロールはまあまあになってはきているが、バッターとの駆け引きでは、梓ちゃんの足元にも及ばない」
「そうですね。梓ちゃんはスピードはないですが、コースを的確についてきます。相手が打ち気を起こさせるようなコースなのでつい手を出してしまいますが、手元で急激に変化します。あれじゃ、なかなか打てませんよ」
「そうだな。相手の好きな打撃ポイントを知り尽くしていなければできない芸当だ」
「ええ。仮に当てても、球速がないですから真芯で捉えない限り、ぼてぼてのゴロか、内野フライがせいぜいです」
がやがやとグラウンドに入ってくる城東学園野球部選手達。
その中には超高校級スラッガーと称される沢渡慎二の姿もあった。
今日は城東学園との練習試合だったのである。
「キャプテン。城東の連中がきたようです」
「おう、やっと来たか」
城東学園野球部は、マウンドにいる梓を見て怪訝な顔をしている。
「見てください、キャプテン。マウンドのピッチャー、女の子みたいですよ」
「おい、おい。まさか、女の子が投げるってんじゃないだろうな」
「……みたいですよ」
「ちっ。なんてところだ」
山中主将が出迎えて、挨拶する。
「わざわざお越しいただき、恐縮です」
「ところで女子が投げておるようですが」
城東の金井主将が質問する。
「はあ、何せ部員不足でして……お許し願えませんか」
「まあ……、練習試合ですから、それは構いませんが。大丈夫なんでしょうなあ、あの子」
「その点でしたら、ご心配なく。選手としては部員の中でもピカ一ですから」
それを聞いていた部員達が陰口をたたいていた。
「ピカ一だとよ。女の子がピカ一なら他の男はなんなんだよ。くずってことじゃないのか」
「ははは」
その時、沢渡が進み出てくる。
「いいじゃないですか。やらせてみたら」
「沢渡」
「男にまじって女の子がどこまでやれるか、見てみましょうよ。どうせ練習試合だし、せっかくやってきたんですから」
「まあ、そりゃそうだが」
城東の会話を聴いていた武藤が、山中主将に耳打ちする。
「やつら、梓ちゃんのことさんざん言ってましたよ」
「ふん。そのうちほえづらをかくことになる」
「といってもうちの守備がねえ……」
ぽろぽろと球をこぼしている内野手達。
頭をかいている山中主将。
「あったくう……みんな緊張しているな」
「仕方ありませんよ。部員不足でまともな試合してないんですから」
武藤が言う通り、部員が多ければ紅白試合として、実戦に即した練習ができるのだが、総勢十三名ではどうしようもない。他校との練習試合が唯一の実戦経験となっている。
「しかしまだ試合もはじまっていなんだぞ。今からこれでどうする」
「相手は、甲子園優勝高校ですからねえ……」
「馬鹿いえ、浩二が生きていれば、本当はうちが甲子園優勝していたかも知れないんだぞ」
「といっても浩二君一人で勝ち進んでいたみたいなもんですから。全体的な実力はどうも……」
「言うな!」
「何にしても、城東がよく遠征の練習試合を受けてくれたものです。優勝高ですから、他の高校からの申し出が殺到していて、スケジュールが一杯でしょうに。本来ならこちらから相手校に遠征するのが常識なはずですがね」
「う……ん。俺も不思議に思っていた。マネージャーとして試合を申し込んできた梓ちゃんの可愛さで押し切っちゃったのかな」
といいながら梓に視線を送る山中主将。
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思いはるかな甲子園~父親の助言~
2021.06.20
■ 父親の助言 ■
J.シュトラウス2世「美しく青きドナウ」
とあるホテルのレストラン。静かなクラシックの音楽が流れている。
食事をしている梓親子。
フランス料理のフルコースに舌鼓を打つ梓。
父親は、社長令嬢としてふさわしいマナーや、身のこなし方などを経験させるためにホテルのレストランでの食事や、社交パーティーなどにドレスアップした梓を連れ出していた。
「野球部に入ってマネージャーをやっているそうだな」
「うん」
「部員達とはうまくやっているかい?」
「うん。みんなやさしくしてくれるよ」
「だろうなあ。梓は可愛いからな」
「そんな……」
娘が野球部に入ったと、母親から知らされて少し驚いた父親であったが、野球のことに関しては理解があるので、マネージャーならと許していた。
「ところで今年の栄進高校は行けそうかな?」
「ん……、どういうこと?」
「ほら去年は決勝戦まで行ったじゃないか。マネージャーならその辺のことも把握しているんだろう?」
「うん。でも、どうかなあ……」
「問題があるのかい」
「そうなの。ピッチャーがいないのよ。一年生の順平君にはまだ荷が重すぎるだろうし」
「そうか……。一年生じゃ、夏の大会を乗り切るだけの体力もついていないからなあ。夏の大会は、技術力以前に体力が勝負を分けることも多いんだ」
「あたしが投げられれば、継投策で何とかなるかもしれないけど。女子は選手にはなれないから」
「もちろんだよ。去年のピッチャーがあまりにも強すぎて、控え投手を育てるのを怠ったつけが、今になって回ってきたというところだろう」
「そうなのよ。お父さん、どうしたらいいと思う?」
梓は、甲子園に出場した事もある父親に、何かにつけて相談していた。野球には造詣の深い父親であり、可愛い娘の相談には真剣に答えてあげていた。
「ただこれだけは言えるよ。野球は九人でやるものだ。まともなピッチャーがいなければ、他の野手全員でカバーしてやればいいんだよ」
その夜。
自室で勉強している梓。ドアがノックされる。
「お父さんだよ。入っていいかい?」
「うん。いいよ」
許可を得て、父親が入ってくる。
「こんな時間になあに?」
「お父さんが出場した高校野球県大会決勝と、甲子園一回戦の記録ビデオを持ってきたんだ」
「記録ビデオ?」
「ああ、参考になるかと思ってね。よかったらそれを見て、今後の練習に使えないかと思ったのさ」
「ありがとう、お父さん。じっくり見させてもらうね」
「でも、夜更かししちゃだめだぞ」
といって念を押しながら部屋を出る父親。
「はーい」
娘の部屋には居づらいものだし、長居をして気分を害されてもいけない。用件を済ませばすぐに出ていって上げるのが、エチケットみたいなものだ。
父親が退室して、早速ビデオデッキにセットしてみる梓。
「お父さんの好意は受けてあげなくちゃね」
ところで受け取ったものは「ベータ方式ビデオカセット」であった。
今時の若者はベータってなに?
と、なるだろう。
父親の高校生時代、今から30余年まえには、スマートフォンはおろかデジタルカメラすらなかった。
家庭用映像記録媒体といえば、VHS-Cかベータないしは8ミリビデオである。
重いカメラを抱えながら、子供の成長記録を撮っていた。
時代の変化には驚かされるものだ。
さて、ベータカセットであるが、これを再生できるビデオデッキはちゃんとある。
父親が無類のベータ信奉者だったので、書斎には豊富な映画ライブラリーがベータで揃っている。
梓は、たまにそれらを借りて鑑賞するために、ベータデッキを自室に置いていた。
梓は、甲子園に出たという父親に対して、尊敬の念を抱いていた。もちろん浩二としても、自分が成し得なかったことで、思いは同じである。
TVの画面には、ピッチャーズマウンドに立つ高校時代の父親と、グランドを駆け回る野球部員達が映し出されていた。
「ふーん……。お父さんは、打たせてとるタイプね」
ランナー一塁で、三遊間へのゴロの場面であった。
サードが球を拾って、二塁は間に合わないと判断したピッチャーの支持に従って、ファーストへ送球する。
そこまでは当然の動きであるが、その他の野手達の動きに驚かされる梓であった。
ライトは一塁送球がそれた場合に備えて一塁ベース後方に回りこんでいるし、センターは二塁送球の際のカバーに入っている。そしてレフトもサードがボールを処理するのを見届けてから、一塁ランナーを三塁で刺すためのカバーに入っている。ファーストはランナーが一塁ベースを踏んだのを確認してから、離塁したランナーの後を追う。
立ち止まっている野手は一人もいなかった。全員がボールを処理する守備のカバーに走りまわっている。ランナーがいない時には、捕手までが打者が球を打つごとに、全速力で一塁カバーに走っているのだ。これは相当疲れるはずなのだが。
内野安打にしろ外野飛球にしろ、打球が飛んだコースと飛距離、ランナーとの位置関係、それぞれに即応した完璧な動きを、すべての野手が見せていた。
ヒットを打たれるのはしようがないとしても、三塁打となるところを二塁打に、二塁打を単打にするべき守備陣の動きであった。
プロなら当然の動きだろうが、高校生レベルでこれだけの動きは中々できるものではない。
「うーん。相当の練習を積んでいるんだろうな……」
さすがに甲子園に出場するチームだけのことはあると感心した。
「全員野球か……」
ふと時計を見ると午前二時を回っていた。
「おおっと、いけない。今日は、これくらいにしておこう」
朝になって、寝不足の顔を父親に見せるわけにはいかない。夜更かしはだめと念押しされている。
父親は、朝食時に娘の顔色などの健康状態を確認してから出社している節がある。社長だから出勤時間には余裕があるのだ。
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2021.06.22 07:52
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