梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(二)不時着
2021.04.03
梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(二)不時着
梓達のもとに戻ってくるなり、一同に寸部違わず報告をする麗香。
「何ですって?」
一番驚いたのが絵利香だった。
この自家用機の機長以下乗務員は全員、篠崎グループ傘下の篠崎航空から派遣されてきている。当然何か起きれば全責任は、篠崎が負うことになる。
「機長に会うわ」
「お待ち下さい。機長達は、全精力を注いで着陸できそうな島を探索中です。邪魔をしてはいけません」
「そんなこと言っても、こんなことになったのは、わたしの……」
「絵利香さま、落ち着いてください。責任を感じていらっしゃるのは、良く判りますが、私達には機体を救う手だてはありません。とにかく落ち着いて行動することです」
というように絵利香を諭す麗香は沈着冷静であった。護身術などで培った精神修養のおかげであろう。
「麗香さま、わたし達どうなるんですか?」
メイド達が青ざめた表情で尋ねた。
「今、機長達が着陸できそうな島を探しています。おそらく胴体着陸となると思います。救命胴衣を着用しなさい」
「は、はい」
震える手で出発前に教えてもらった通りに胴衣を着込むメイド達。
「さあ、お嬢さまがたもご着用ください」
麗香が手渡す胴衣を受け取りながら、
「それでコースがずれた原因はなんなの?」
なぜか落ち着いている梓が尋ねた。一度は死んで生き返った経験ゆえなのだろうか。
「はい。出発前に計量した荷物の重量と現在の重量に食い違いが生じているからです」
「どれくらい食い違っているの?」
「およそ八十五キロほど、重量オーバーしています」
八十五キロという数字を聞いて、ぴくりと眉間にしわをよせる梓。以前に慎二との会話の中に、体重の話しが出た時のことを思い出した。
『へえ。梓ちゃんてば、四十五キロなんだ。軽いなあ。俺、四十キロ重い八十五キロね』
席を立ち、つかつかと後部貨物室へと歩いていく梓。
「梓ちゃん、どこいくの」
「梓さま、危険です。席にお戻りください」
貨物室のドアを、ばーんと勢いよく開けて暗闇に向かって叫んだ。
「慎二! 隠れてないで出てきなさい」
「え? 慎二ですって」
貨物室からがさごそと音がして、のそりと慎二が姿を現わす。
「や、やあ……」
「やあ、じゃないだろ。おまえのせいで、飛行機がコースを外れて燃料切れになったんだぞ」
慎二に詰め寄る梓。
「ほんとうか?」
事情がまだつかめない慎二。
その胸倉を掴んで詰問する梓。
「おまえなあ、飛行機がどこ飛んでるか判ってるのか? 海の上なんだぞ。燃料が切れたら海の上に墜落して最悪海の底へ沈むんだ。自動車みたいに道路脇に止めてレスキューを待つこともできないんだ。飛行機というものはな、ペイロードつまり積載重量によって航続距離が大きく変わるんだよ。たった一キロ増えただけでも大量の燃料を消費するんだぞ。だからと言って燃料を必要以上にたくさん積んだら、それもまたペイロード加算となって重量が増えて燃料浪費するだけだから、到着空港及び悪天候代替空港まで(stage length)の燃料分しか積まないんだ。そんなシビアな運航しているのに、密航して重量を増やせばどうなるか、そんなことも知らなかったのか」
「や、やけに詳しいじゃないか」
「お母さんに会いに、ブロンクスへ時々飛んでいるから。その飛行中の合間に、麗香さんが教えてくれたんだよ」
「そうなんだ……」
「ふん! これ以上おまえに言ってもしようがない。ほれおまえも救命胴衣を着ろ」
といいながら自分の持っていた胴衣を放り投げる梓。
「麗香さん」
「はい、どうぞ」
と胴衣を再び手渡してくれる麗香。
「ところで、麗香さん。この非常事態のこと、お母さんの方には連絡が伝わっているのかしら」
「はい。一番に連絡してあります。おそらく救援体制を整えていると思います」
「そう……」
コクピットから放送が入った。
「お嬢さまがた、着陸できそうな島が見つかりました。これより着陸を試みます。乗務員の指示に従って非常事態着陸態勢を取ってください」
広大な太平洋に浮かぶ孤島、周囲を珊瑚礁がぐるりと囲んでいる。
その島を大きくゆっくりと旋回しながら高度を下げている飛行機のコクピット内。
「いいか、まずは珊瑚礁から離れた海表面に胴体着陸を試みる。極力水平かできれば後部を下げるような状態で着水するんだ。そのため、フラップ角度とスロットル加減を、コンマ秒単位で微妙に調整しなきゃならん。さらに勢いで珊瑚礁を乗り越えて礁湖内に進入、そして島に乗り上げるようにして停止する」
「うまくいきますかね」
「そんな弱気でどうする。絶対に成功させる気概を持て。俺達が確認を怠ったせいでこうなったんだからな」
「そ、そうですね。お嬢さまがたをなんとしても助けなければいけませんよね。たとえ着陸に失敗して機首が潰れても客室だけは無事に島に着陸させましょう」
「その意気だよ。幸いというべきか、燃料はほとんど皆無で爆発炎上はしないだろうから、着陸さえできればOKだ……」
「準備完了です」
「よし、ゴーだ」
客室。
「機首を下げた。いよいよ着陸するわ」
梓が声を上げると同時に機内放送が入る。
「これより着陸体制に入ります。お嬢さまがた、準備はよろしいですか? 着陸三分前です」
放送を聞いて頭を抱えてうずくまる一同。
「ああ……神様、もし死んだりして生まれ変わるなら、再びお嬢さまのお側にお願いします」
美智子が祈りを上げている。
「あ、わたしもです」
「わたしも」
「右に同じです」
絵利香達や乗務員達が防御体制を取るなか、梓だけが一人ぼんやりと窓の外を眺めて思慮していた。
……ここで死んだら、どうなるのかな? あたしの魂そしてもう一人の存在にしても……
「一分前です」
窓の外に海面が見えてきた。機体が海面すれすれに飛行をはじめたのであろう。やがて大きく旋回をはじめ、傾いた主翼が巻き上げる海水の飛沫が窓を濡らす。
「三十秒前」
機体と海表面とが巻き起こす乱気流に、激しい震動がはじまっている。
「十秒前。まもなく着水します」
緊張の度合が限界まで高まる。心臓は張り裂けんばかりに鳴動している。
「着水!」
耐え難い震動が機内を揺るがす。歯を食いしばってそれに耐えている一同。喋ろうものなら舌を噛んでしまうであろう。
島の砂浜に乗り上げて停止している飛行機。
飛行機が進んできた後には、珊瑚礁が深くえぐれている。
客室。
不時着のショックで気絶している一同。梓も例外なく前部シートの背もたれに突っ伏している。
「お嬢さま、お嬢さま。大丈夫ですか?」
その声に次第に意識を回復していく梓。
「う、うーん……」
「お嬢さま」
「あ、ああ……麗香さん」
はっきりと目を覚まして、麗香に答える梓。
「お怪我はありませんか? 痛いところは?」
「どうかな……」
立ち上がり通路に出て、屈伸運動などしながら身体に異常がないか確認している。
「どうですか?」
「うん。大丈夫みたい」
「良かったですね。でも、この島を脱出して内地に戻られましたら、念のために精密検査を受けましょう。交通事故などでも数ヶ月経ってから、鞭打ち症状が出ることも良くありますから」
「わかった……ところで、絵利香ちゃんは?」
「はい。先に気がつかれて、お嬢さまを起こそうとしておられましたが、後を私に託されて、機長を見にコクピットの方へ行かれました」
「そっか。やっぱり気になるんだろうね」
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梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(十一)研究所
2021.04.02
梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件
(十一)研究所
「さてと……」
遭難信号を設定すれば後はただ待つだけである。
「島の中を調べてみましょう」
そうなのだ。
救助がすぐに来るとは限らない。
最低限の生きるための手立てをしておかなければならない。
島の反対側に、実は人の住む村があった! ということもありうる。
並んで島内を散策をはじめる。
手入れのなされていない自然林は、足の踏み場もないほど荒れ放題。
「蛭とかの毒虫がいないのを祈るのみだな」
津波の爪痕と思われる倒木とか、枝葉の千切れた樹々もある。
拾った枯れ木で下草・下枝を払いながら突き進む。
やがて前方に開けた場所へと迷い出た。
そこで二人が見たものは?
コンクリートブロック積の壁に囲まれた建物があった。
「なんだこれは?」
「研究所? みたいな作りね」
「誰かいるのかな?」
壁をぐるりと回って入り口にたどり着いた。
「門が開いてるぜ。不用心だな」
「ほぼ無人島みたいだからね。戸締りする必要がないのでしょ」
「ならば壁も必要ないだろ?」
「風や害虫除けなんじゃない?」
玄関の前に立つ二人。
「扉は……開いてるぜ」
鍵の掛かっていない扉を開けると、派手に散らかっていた。
「この中にも津波が侵入してきたようね」
「誰かいないのかな?」
「逃げ出したか、水の進入しないところに避難したんじゃない?」
「水が浸入しないところ?」
「例えば防水扉のある地下室とか……」
とここまで話して言葉を中断する梓。
かつて若葉台研究所地下施設での火災事件のことを思い出したようだ。
「おい! ここに潜水艦とかでよく見るハッチのある扉があるぜ」
「そこに隠れているのかしらね」
「回したら開くかな?」
とハッチを回し始める。
「おお、回るぜ」
クルクルと回しゆくと、
「開いた!」
結構重い扉を開けると、中から風が吹き抜けた。
水が浸入しないように、内側の気圧が高くなっていたのだろう。
「しかし、なんでこんな扉にしなきゃならなかったのかな?」
「そりゃ、津波とか台風の通り道だからでしょうね。浸水に備えているのよ」
「ということは、この扉の向こうに人がいるという可能性ありだな?」
「たぶんね。津波で荒らされてはいるけれど、人が生活している形跡があるわ」
「形跡?」
「例えば、机の上には埃がないし、家の中に蜘蛛の巣がないし、灰皿に煙草の吸殻とかね」
「なるほど掃除をしているというわけか」
「他人には知られたくない秘密の何かを研究しているのかしらね」
「ともかく扉の向こうへ行ってみようぜ」
「そ、そうね……」
おっかなびっくりで扉をくぐる梓だった。
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梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(一)ハワイ航路
2021.04.01
梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(一)ハワイ航路
太平洋上を飛行するDC-10型改ジェット機。機首には日の丸、そして尾翼には篠崎重工のシンボルマークが記されている。
DC-10はロッキード事件に絡む汚職事件、販売戦争によって欠陥機を増産して、事故が相次ぎ、1988年に生産終了となった。
とはいえ、篠崎重工の技術陣によって、機体の改良と綿密な整備が図られ、今なお大空を飛び続けている。
そのコクピット(操縦室)では、パイロットが青ざめた表情で計器を操作している。
「どうだ?」
機長が神妙な面持ちで隣の副操縦士に確認している。
「だめです。やはり足りません」
「そうか……」
「申し訳ありません。私が計器確認を怠ったばかりに」
「それを言うなら、私も同じ事だ。ともかく麗香さまにこっちに来てもらおう。お嬢さま方には、まだ知られてはいかんからな」
その機内では、梓と絵利香に麗香が対面して座っている。
「ほら、見て。新しく買った水着」
と梓が、バックから取り出した水着を見せている。
「へえ、可愛いワンピースね。梓ちゃんのことだから、ビキニかなと思ってた」
「う……ん。あたしも最初はビキニにしようかなと思ったんだけど、やっぱりね……。で、絵利香ちゃんは?」
「あまり見せたくないんだけど……」
「もう、どうせ海に出れば着るんじゃない」
梓自身が水着を持ち出したことで、自分も仕方なく見せるしかないとあきらめる絵利香。
「なんだ、絵利香ちゃんもワンピースじゃない。遠慮するから、てっきり……」
「ビキニを着るってがらじゃないから」
「だよね。で、麗香さんは?」
「え? 私は、世話役としての仕事がありますから」
「ん、もう隠すなんてずるいわよ。自由時間を与えてるんだから、当然持ってきてるでしょ」
「仕方ありませんね」
梓の前では、隠し事は許されない。
「わあーお! 黒に金縁のビキニだよ。さあーすが、麗香さん」
「うん。麗香さんのプロポーションなら、やっぱりビキニだよね」
「おだてないでください」
そんな風に水着談義をしている梓達から通路を隔てた反対側には、美智子ら梓の専属メイド四人がトランプ遊びをしている。ここは篠崎重工の自家用機内、篠崎側の客室乗務員がいるので、美智子たちは機内にいる間は自由なのである。ここは機内勤務のプロに任せて、口出ししないほうが無難である。
「ねえ、あなた達はどんな水着持って来たの?」
通路の向こうから梓が尋ねる。
顔を見合わす四人だったが、棚からバックを降ろし、
「はーい。これでーす」
と、一斉に水着を掲げ上げた。
ビキニにワンピース、そして色と柄、それぞれの好みに応じた水着だ。
結局全員の水着を取り出させた梓。何事も一蓮托生というところだろう。
そこへ神妙な面持ちをした客室乗務員が麗香を呼びにくる。
「麗香様。機長がお呼びです。コクピットへお越しいただけませんか」
「コクピットへ?」
乗務員の表情と、コクピットへの呼び出し。
聡明な麗香のこと、非常事態が発生したに違いないと即座に判断した。梓の方をちらりと見てから、
「……わかりました」
と立ち上がった。
乗務員に案内されて、コクピットに入ってくる麗香。
「あ、麗香様」
「どうしましたか?」
「正直に申し上げます。飛行機がコースを逸脱、ハワイに到達するだけの燃料も足りません」
「どうしてそんなことになったのですか?」
「はい、直接の原因は、出発前に重量確認した数値と、現在の重量計が示す数値に食い違いが生じていることです。およそ八十五キロなんですが、それで計器に微妙な狂いが生じて、長距離を飛行する間に大きく航路が外れてしまったようです」
「今の今まで、重量オーバーに気づかなかったというわけですか?」
「申し訳ありません。出発前に点検したきりで、計器の確認を疎かにしてました。自動操縦装置に頼り過ぎていたようです」
「過ぎたことを今更責めてもしようがないでしょう。ともかく結論として、ハワイにはたどり着けないというわけですね」
「その通りです。それに近辺にも空港を持つ島はありません」
「どこか安全に着陸できそうな島はありませんか?」
「はい。探索中です」
「遭難信号は?」
「発信しています」
「わかりました。私は、お嬢さまがたに実情を話してきます。引き続き探索を続行してください」
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2021.04.03 10:40
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