梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(十二)地下室
2021.04.09
梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件
(十二)地下室
中に入って驚いたのは、よくSF漫画なんかに出てくるような、培養カプセルとも言うべき装置の数々だった。ガラス製の円筒の中に液体が満たされ、その中に多種多様の動物が浮かんでいた。下から出ている泡はたぶん酸素であろう。
「ちょっと待って! これは確か……」
梓の脳裏に思い浮かんだのは、若葉台生命科学研究所の地下施設であった。
「どっかで見たような気がするぜ」
慎二が知らないはずはないが、梓を助ける一心であれだけの大火災に飛び込んだのだから、炎に巻かれて周囲のことにまでは目に入らなかったかもしれない。
「これって何だ?」
「おそらくクローン生物よ。鼠、猫、犬……」
奥に進むに従って生物は大きくなっていた。
小動物の鼠から始まって、少しずつ大型動物へと研究が進んでいるようだ。
やがて二人が見たものは……。
人間だった。
培養カプセルに浮かぶ裸の女性。
「どこかで見たような顔だな」
と、じっとその顔を凝視する慎二。
「なにボケてるのよ。これ、あたしじゃない!」
「梓ちゃん?」
「あたしのクローンよ。でもなんで?」
とその時だった。
「お久しぶりですね」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ってみると、まさしくあの時の研究員だった。
「あ、あなたは!」
「どうやってあの大火災から逃げ出せたかは存じませんがね。再びお会いできて光栄です」
「今まで、どこで何をしていたの?」
「あれからですか?」
「そうよ」
「長年研究し続けてきた成果を一瞬で灰にしてしまったものでね。悲観して自暴自棄になって自殺しそうになりましたよ」
「あほくさ……。あんたが放火したんじゃないの」
「ところでそこの彼氏は、あなたの事は知っておられるのかな?」
「ああ、知っているぞ」
慎二も状況を飲み込めているようだった。
「ならば、隠し立ては必要ないですね」
「研究は続けていたみたいね」
「それが僕の生きがいですから」
「研究資金はどこから? これだけの設備、個人のポケットマネーで賄えないわよね」
「それは秘密です」
「まあいいわ。で、これはどういうこと?」
と培養カプセルのガラスをコンと叩いて尋ねる。
「見ての通り、あなたのクローンですよ」
「あの時に、密かに採取していたのね?」
「その通り!」
「クローン作るには、細胞核の他に誰かの卵子が必要よね?」
「一般的なクローンは、核を除去した卵細胞の中に、同種の別の生物の細胞核を挿入して作るんだが。僕のはちょっと違うんだよ」
「どういうことよ?」
「それはね……」
と含み笑いしてから言葉を紡ぐ。
「使用する卵細胞は、君のものを使っているんだよ。君の卵細胞に、君の細胞核を挿入して発生させたもの」
「どういうこと?」
「君が生命科学研究所に移送されてきた時に、ちょっとばかし卵子と細胞をね。頂いていおたのだよ。未成熟の卵子を培養して生殖可能なまで育てた上で、細胞核を移植したんだ」
「ちょっと伺ってもいいかしら?」
「何かね?」
「わざわざ、あたしの卵子を使ったのは何故? 他の女性の卵子でもいいんじゃない? クローンだよね?」
「自殺遺伝子というものがあるのは知っている?」
「アポトーシスね。ミトコンドリアが関係してるって聞いたけど」
「そうだね。卵子の白身の部分にもミトコンドリアがいるんだけど、遺伝子の一部は卵核の中にも取り込まれていてね。他の女性の卵を使った場合、卵子の中のミトコンドリアと移植された卵核の遺伝子情報が繋がらないという状態になるわけね」
「どういうこと?」
「つまり通常の卵細胞には、白身に銀行印、核の中に預金通帳があると考えればよく分かるよ。A銀行の印とB銀行の預金通帳では、預金は降ろせない。預金通帳だけでも、身分証明書とかを呈示したりすれば降ろせるだろうけど、時間が掛かるだろ?」
「まあ、そうでしょうね」
「しかし、発生においては待ってはくれないんだ。適時的確に遺伝子情報を得て分化していかなくちゃならないのにね。つまり上手くいかないということさ」
「それで、あたしの卵子と細胞を使ったのね」
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梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(七)資源探査船
2021.04.08
梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(七)資源探査船
……第一、慎二と二人きりなんだから……しかもこんな水着姿で……黙っていたら、息苦しいよ。喋ってないと間がもたない……
洞窟に閉じこまれた水着姿の若い男女二人。(B110,W81,H96,T180)の筋骨隆々たる青年と、(B83,W58,H88,T165)のプロポーション抜群のうら若き娘。並んで座ればおのおのの骨格のつくりの違いを意識せずにはおられない。自分の胸元に時折注がれる青年の視線に鼓動高鳴る娘の恥じらい。娘の髪から漂うほのかな香りに理性が押し潰されていく青年。喧嘩しながらも、実は好きあっている二人。近づく青年の顔、熱く感じるその吐息。静かに目を閉じる娘。唇と唇が合わせられる。やがて折り重なる二つの影。
……やばいよ。実にやばいシチュエーションじゃないか……
「なあ、梓ちゃん」
「ひゃ!」
慎二の声に思わず反射的に飛びのいてしまう梓。
「ち、近づくなよ」
手を横に振り回しながら拒絶の態度を示す。
「はあ?」
慎二は、梓の豹変ぶりにわけがわからない。
「おまえ、何言ってんだよ」
「な、なにって……。慎二は、何か言いたかったのか?」
「何かって……水面が上がってきてるんじゃないか? と、言いたかったんだが」
「え?」
驚いて足元を確認する梓。
落ちて来た時にはくるぶしの位置にあった水面がだいぶ上がってきている。
「そうか潮が満ちてきたんだわ」
「で、何を考えてたんだよ。さっき」
「なんでもないよ!」
「そ、そうか……」
改めて足元の水面を見つめる梓。
「一帯が珊瑚礁だから、あちこちに小さな穴が明いていて外界に通じているのよね。この水面が外の海面と同じと考えていいでしょう」
「潮が満ちたらどうなるんだ? 洞窟のどこまでの高さまで海水が入ってくるのかな」
「ここは太平洋の直中の小島だから、有明海のような入り江と違って干満の差が大きく変動することはないと思うけど、気圧や風向きでどうなるか判らない。でも……大丈夫よ」
「どうして?」
「今は干潮のピークを少し過ぎたところだから、満潮になるのは六時間後よね。でもってこの島にたどり着いたのがちょい一時間前で、迎えの船が来るのは二時間後。上では麗香さんがあたしのいないことに気づいて動いているはずだから、四時間もあれば助けてくれるよ、きっと」
「そうなのか?」
「大丈夫。麗香さんは、助けに来てくれる」
「信じているんだね、麗香さんのこと」
「ええ……」
砂浜から何もない太平洋の洋上を眺めている一同。
「そろそろ時間だよね」
「うん。不時着から三時間経ったよ」
麗香が預かっている梓の携帯電話が鳴る。
『麗香です。はい……構いません。浮上してください』
麗香が携帯電話を閉じてしばらくすると、環礁帯の外側に大きな海水の盛り上がりが発生し、やがて黒光りする巨大な潜水艦が出現した。
「な、なに! 潜水艦?」
「うそー。救助船って潜水艦なの?」
「じゃあ、アメリカの海軍が救助に来たの?」
驚愕の声を上げるメイド達。
「いいえ。真条寺家の持ち船ですよ」
「あ! 〔梓〕って船体に漢字で書いてあるよ。
「じゃあ、お嬢さまの船なんだ」
やがて探査船から小型ボートが繰り出される。
「一番に機長を運びます。脱出シュートを使い、機長の身体にロープを掛けてそろりと降ろしましょう。さあ、みんな手伝って」
麗香がメイド達に指示を出し、再び飛行機に戻っていく。
これまでは篠崎側の乗務員が働いていたが、今度は真条寺家のメイド達が働く番である。
機長を飛行機から降ろして最初に搬送した後に、順次小型ボートに乗船して、探査船に移乗していく。
砂浜にいた全員の収容が終わり、船の居住ブロックのレクレーションルームに集められた一行に麗香が案内する。
「それでは、みなさまこの部屋でおくつろぎくださいませ。他の場所には精密機械や企業秘密に関わるものがありますので、この部屋からお出にならないように、お願いします」
「梓ちゃんは、どうなるの?」
「もちろん、これから探します。ご心配なさらないで下さい。この船は資源探査を任務としています。探査のための装備とプロフェッショナルな人材が揃っていますから、すぐに発見できますよ」
操艦や司令を出す統合発令所の階下に、資源探査部のセクションがある。
各種の探査機器を操作しているオペレーター達。
麗香が探査部の技術主任と打ち合わせしている。
『お嬢さまの髪飾りには発振器がついています。周波数は、12.175 ギガヘルツで探索してください』
『了解、12.175 ギガヘルツで探査します。しかし、なぜ発振器などつけておられるのですか?』
『お嬢さまがご幼少の頃、迷子になられた時があって、すわ誘拐か? と大騒ぎになりました。以来どこにいらしても探し出せるように、渚さまのご指示でお嬢さまには内緒で取り付けています』
『そうでしたか、誘拐されても大丈夫ですね』
主任はマイクを取って、
『艦長。微速前進で島を周回してください』
と指示を出した。
『了解した。微速前進で島を周回する』
艦長からの応答があってしばらくすると、静かに船が動きだした。一点に留まっているよりも、ぐるりと周回しながら探査した方が、正確な位置が把握できる。
探査という任務に従事している間は、この技術主任に船の行動に関する指揮権の優先が与えられているようだ。
『主任。他に使えそうな機器はありますか?』
『資源探査気象衛星に搭載されている遠赤外線探査レーダーを使用しましょう。生きている人間なら熱を発しています。遠赤外線なら洞窟の壁を通過して中にいる人間の形状を視認できます。丁度上空を「AZUSA 5号B機」が通過中です』
『AZUSA 5号B機ですか?』
『はい、この船と同じで、ARECが運用している人工衛星です』
『その衛星って、地表を映し出せる超高感度の監視カメラを搭載していますよね』
『はい。人物の表情までも識別できる超高精細度も誇っています。ただ、そのカメラのオペレーションは真条寺家本宅の地下施設でしかできないと伺ってます』
『そう……やっぱりね。とにかくそのレーダーを使ってください』
『了解しました。遠赤外線探査レーダーを使用します』
主任が答えると同時に、一人のオペレーターが機器を操作しはじめた。
『衛星監視追跡センターより、コントロールの引き継ぎを完了。これよりAZUSA 5号B機のオペレーションを開始します。遠赤外線レーダーの照準をこの島に合わせます。セット完了まで二十分かかります』
てきぱきと機器を操作していくオペレーター。レーダーの照準を合わせる事は、すぐにはできない。仮に探査レーダーを右に振ると、反作用で衛星自体が左に傾いてしまうからだ。衛星を姿勢制御しながら探査レーダーを徐々に所定の位置に持ってくるという操作が必要だ。
やがてディスプレイに島の探査映像が現れる。
『どうですか?』
『はい。微かですか反応があります。この周囲より色の明るい部分がそうです』
『場所は?』
『島の南東、地表から十メートル下です。丁度海面付近です』
『そう……、やっぱり洞穴に落ちてしまわれていたのですね』
『格納庫に遠赤外線探知機を搭載した小型深海掘削艇があります。装備の掘削機が使えるはずです、降ろしましょう』
『お願いします。潮が満ちてきています、早く救助しなければ』
深海探査船の下部格納庫から掘削艇が降ろされる。一旦海中に出てから浮上し、自身の自走力で外海から礁湖へと進入し南東の崖に取り付く。
『反応が強いのは、この辺です』
『遠赤外線探知機の方は、いかがですか』
掘削艇には麗香も同乗した。
『はい。ご覧の通りに、人間から発せられたと思われる熱源が、この壁の向こうに存在します』
オペレーターの指し示すパネルスクリーンには青く低温を示す中に、黄色に色付いた像がはっきりと映し出されていた。
『低周波反響感知機には、この先に大きな空洞を示すデータが出ています』
『間違いありませんね。この先に洞窟があってお嬢さまと慎二君が閉じこめられているようです。早速、掘りましょう』
『はい。掘削機を始動します』
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梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件(六)奈落の底
2021.04.07
梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(六)奈落の底
「おーい! 誰かあ、聞こえてるかあ」
洞窟の底から、落ちて来た開口部に向かって大声を張り上げている慎二。
「たすけてくれえ! ほんとに近くにいないのかあ」
呼べど叫べど、上からの答えは返って来ない。
「これだけ大声を出してりゃ、小さな島だ、聞こえないはずないのに」
「いくら叫んでもだめよ。周りの壁が音を吸収しているのよ」
「そうか……ちくしょう。付近を探しまわっても出口はないし」
拳で壁を叩く慎二。
「あせってもしようがないわよ。助けが来るまでじっと待っていましょう」
と水際に腰を降ろす梓。その隣に座りながら、
「しかし、なんでこんな小さな島に洞窟があるんだ」
慎二がつぶやく。
「馬鹿ねえ。ここは環礁島よ。足元はもちろんの事、付近一帯は珊瑚礁なの。実際の地面はとうに海面下に水没して、その上に発達した造礁瑚礁や石灰藻類さらには貝殻や有孔虫類の殻とかで形成された上に、あたし達は立っていたというわけ。あの砂浜も実情は珊瑚の小さなかけらが堆積したもの。沖縄に星砂というのがあるがあれと同じよ。造礁珊瑚は海面より上には繁殖できないんだけど、こうして海の上にまで発達しているのは、氷河時代の海面下降とか、地殻変動で地盤の上昇と下降の繰り返しがあった名残だと言われているわ」
「で、それと洞窟とどんな関係があるんだ」
「珊瑚の主成分は何だか知ってる?」
「知らん」
「勉強不足ね。大部分が炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムよ」
「そうなんだ」
「これはね、酸に溶けるのよ。雨が降ると空気中の二酸化炭素を溶かし込んで酸性になるから、それが珊瑚を溶かしていってこのような洞窟を造ったというわけ。山口県にある秋吉台秋芳洞のことぐらいは知ってるでしょ」
「ああ、地面の下にぽこぽこ穴が開いてるところだろ。ええと、鍾乳洞ってやつ」
「そうよ。鍾乳洞の正体は、雨水が空気中の二酸化炭素を溶かし込んで、石灰岩の地質を溶解してできたのよ」
「理科だか社会で、習ったな。石灰岩に塩酸をかけたら、水素が発生して溶けちゃうってやつ」
「そして石灰岩は、元々が珊瑚からできているというわけ」
「珊瑚から?」
「知ってる? 日本で産出する石灰岩の一部は、この島のような太平洋上にある珊瑚礁がマントル対流によって運ばれてきたのよ。海溝付近でマントルは地中に再び地下深く沈んでいくけど、比重の軽い珊瑚は日本本土に乗り上がる。そして現在の日本の石灰岩地層が出来上がっていったの」
「へえ、知らなかったよ」
「日本で唯一、戦前からもなお百パーセントの自国生産率を持つ鉱物資源で、世界最高品質水準のセメント工業立国として発展できたのも、環太平洋の珊瑚礁群のおかげというわけね」
「ふうん……」
「国家を興すには、その基幹産業としての鉄とセメントは不可欠。国中を縦横に走る道路網・電源確保のためのダム工事・都市開発には超高層ビルディング。第二次世界大戦後の国土の荒廃を逸早く復興できたのも、セメント工業という切り札があったからで、輸入を一切行わずすべて国産品だけで賄えたわ」
「それで……」
「とまあセメント自体は今後も供給の心配はないんだけど、その他に必要不可欠な骨材の問題が残されたの」
「骨材?」
「セメントに混ぜる砂や砂利のことよ。現在では、国内各河川からの砂はほとんど取りつくしてしまったわ。しかたなく、海底から採取した海砂利をしようするようになったんだけど、塩分の除去が満足にできなくて、その塩分によるコンクリートの早期ひび割れや鉄筋の破断という塩害の被害が深刻になってきているの」
「ほう……」
「……。おまえなあ、人の話しを聞いていないだろう」
いきなりいきり立つ梓。
「だってよお……この状況下で、話す内容か?」
といいながら、洞窟内を見回すようにする慎二。
「どっちかあつうと……脱出方法とか、外の連中が何してるかとか……そういった内容の話しをするべきじゃないのか?」
「ふん……喋ることで気を紛らしていたんだよ。先に調べたように脱出口はどこにも見当たらないし、連絡を取ろうにも携帯電話は水着になる時に麗香さんに預けたままだ。そんな気になってもしかたないだろ」
「そうか、梓ちゃんもやっぱり女の子なんだな。そういえば、喋り方も女の子っぽかったな」
「人のことなんだと思ってたんだ」
とぺちんと軽く慎二の頬を平手打ちする梓。喋り方はいつもの慎二に対するものに戻っている。
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11
2021.04.09 09:44
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