梓の非日常/第九章・生命科学研究所(七)慎二登場!
2021.04.21
梓の非日常/終章・生命科学研究所
(七)慎二登場!
その頃、梓は火に囲まれて身動き取れない状態だった。
幸いにも、研究室の片隅に置かれていた酸素ボンベとマスクを見つけて、それを口に当てて呼吸を確保していた。とはいえ出口は火の海、他に逃げ場はないかと探したものの、どこにも逃げ道はなかった。
「ふふ。さすがに生命研究所だけあって便利なものがあったけど……。八方塞がり旧態依然ね」
生命の危機に陥っているというのに、落ち着いている自分を意外に思っていた。
「そういえば、飛行機事故の時もそうだったっけ……」
燃料切れで墜落するかもしれないと伝えられた時のことを思い出していた。
一度死んだことのある梓にとっては、すでに死の境地を乗り越えて、精神的に解脱していたのかも知れない。
そしてさらに思い出したことがあった。
潜水艦を襲ってきた駆逐艦隊と、背後にある組織の影である。
「まさか……。この火事も、あたしを亡きものにしようと組織が放火した……と考えた方がいいわね」
火の回りが速すぎるのが、その推理の根拠だった。
「油かなんか撒いてから、火を点けたんだろうね……」
その行為もさることながら、その気配を察知できなかった、自分が不甲斐なかった。
「精神修養が足りないわね」
武道に生きる者としての、正直な気持ちだった。
「しかし……これまでかな……」
度胸を決めて火の海を突っ切れば、命が助かる確率はあるかも知れないが、無事で済むはずがなかった。肌は火に焼けただれてケロイドとなり、見るも無残な姿となるのは必至であった。
そんな姿を人前に晒すくらいなら、いっそこのまま誰とも判断できないくらいに、きれいに燃え尽きてしまった方がいいのかも知れない。
美少女を自覚している梓にしてみれば、そう考えてしまうのは当然のことだろう。
「今頃、絵利香ちゃんはどうしているかな……」
三歳の誕生日にはじめて出会った幼なじみの絵利香とのこれまでの思い出が次々と思い出されていく。まるで死にいく人間がそうであると言われるように。そしてもう一人……。
「慎二……」
梓が自覚している唯一の異性の親友ともいうべき人物である。
いつもまとわりついてうざったいと思うことがあるが、決して嫌味な感じではないので、それなりに好意は抱いていた。
「な、なに考えてんだか……」
それにしても今まさに死の境地にあるというのに、自分のことではなく絵利香や慎二のことを思い出されるのだろうか……。
「そういえば……。窮地に陥った時には、いつもそばにいたり、助けにきたりしていたな」
城東初雁高校に入学当初に出会って以来、不良グループの二つの事件、飛行機事故、洞穴遭難など……。
その時だった。
目の前の炎の中に、黒い影が動いた。
かと思うと、次の瞬間にその炎の中から飛び出してきた人物がいた。
頭部を庇っていた上着を取ったその人物は?
「し、慎二!」
「じゃーん! お助けマン登場!」
まさしく、あのスチャラカ慎二だった。
炎の中をかいくぐってきたせいで、髪はちりぢりになり、衣服は焼け焦げて今なおくすぶっていた。
「なんで、おまえが」
「その言い方はないだろう。命がけで飛び込んできたのによ」
「セキュリティードアはどうしたんだ?」
「うん? あのドアか? 開いていたぞ。たぶん逃げ出した奴が開けたままにしたんだろう」
「馬鹿な……」
「梓ちゃんこそ、どうして逃げ出さないんだ」
「おまえなあ……。この状況で逃げ出せると思うか? 命知らずのおまえとは違うんだ」
「そうかあ、女の子だもんな……」
と言いながら梓の意図を理解した。そして梓が持っているマスクに気がついて、
「いいもん持ってるじゃないか。もう一つないのか?」
「ああ、これならそこの棚に入っているよ」
梓が指差す棚から、それを持ってきて尋ねる。
「これ、どうやるんだ?」
「調整弁が付いているから、それを回せばいいんだよ。あまりたくさん開くなよ、ただでさえ火の勢いが増すからな」
「あはは、これくらいでどうなるもんじゃないだろ」
「気持ちの問題だよ」
「このボンベ一本で、どれくらい持つんだ?」
「せいぜい三十分が限度だろう」
「そうか……。後五本あるから、二人で一時間ちょっとだな」
「そんな問題じゃないだろが。この状況が判らんのか?」
どう考えても一時間持たないだろう。
炎が広がっているのはもちろんのこと、それ以上に室温が上がって耐え切れなくなるだろう。スプリンクラーは作動していないが、空調が回っているらしくて煙と発生した熱のいくらかはそちらへ吸い込まれている。しかし限度というものがある。背後の壁に掛かっている温度計は五十度を回っていた。
「ここにはスプリンクラーはないのかよ」
「たぶん大量の化学物質があるから、水と反応して有毒なガスが発したり、よけいに燃え上がったりするかも知れないから、あえて止めているのかもな」
「じゃあ、部屋の中に炎を避けられるようなものはないのか?」
「冷蔵庫ならあるが」
梓が指差したそれは、薬品を冷蔵するするもので、人が入れるような容量はなかった。
「頭を突っ込めば少しは涼しくなるだろう」
「こんな時に、よくもそんな事を言ってられるな」
「気休めだよ」
「例えば地下通路への隠し扉とかないのかよ」
「んなもん、あたしが知るわけないだろう。仮にあったとしてもな」
「そ、そうだ。電話とかないのか?」
「電話かけてどうするんだ。外と連絡が取れたってどうすることもできないだろが。人助けは出前じゃないんだぞ。一応電話はあるにはあるがな」
「連絡してみたのか?」
「繋がらないよ。回線が火事で溶けて切れたのかも知れないし、或いは……」
「或いは……?」
「いや、なんでもない」
それからしばらく炎を見つめている二人だった。
「なあ……」
梓がつと口を開いた。
「なんだよ」
「こうなることは想像できただろうに、どうして飛び込んできたんだ。それともそれすらも判らない馬鹿なのか?」
「なあに、死ぬときは一緒と思ってな」
「よく言うよ」
それからまたしばらく沈黙が続いた。
炎に照らされて二人の顔が赤く染まり、暗く沈んでいる表情を明るく見せていた。
「なあ、慎二」
「なんだ?」
「おまえ、あたしのこと……好きか?」
梓が突拍子もないことを口にした。
しかし平然とそれに答える慎二。
「ああ……好きだよ。そうでなきゃ、こんなところに飛び込んでこねえよ」
「だろうな……」
「それがどうした? 梓ちゃんは、俺のこと嫌いか?」
「いや……好きだよ」
「そうか……それを聞いて安心したよ」
続いて再び。
「なあ、キスしよか」
唐突に梓が言った。
「キス?」
「してもいいよ。ほっぺでも唇でもお望みのところにね」
「遠慮しとくよ」
「そっか……。せっかく」
再び沈黙する二人。
今度は慎二の方が先に口を開いた。
「なあ、もう諦めたのか?」
「え?」
「だから、生き残ることだよ」
「そうだね……。正直言って諦めてるよ」
「俺は、まだ諦めちゃいないぜ」
「そうは言ってもこの状態じゃ……」
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梓の非日常/第九章・生命科学研究所(六)火災発生
2021.04.20
梓の非日常/終章・生命科学研究所
(六)火災発生
さらに数週間が過ぎ去っていた。
定期的に研究所を訪れては、自分の意識の内に秘めるイメージの本体ともいうべき長岡浩二と面会していた。
すでに事故から三年以上も経ち、梓の記憶の片隅に埋もれてしまいがちな浩二という意識も、梓として暮らすうちにすっかり他人という感じになっている。
あたしは浩二ではない、正真正銘の真条寺梓よ。
その意識は確たるものになっていた。
真条寺梓としてのはっきりとした記憶があるのだから当然だろう。
それでもなお、浩二に固執するのは、その意識体を移植されたことと、命を救ってくれた恩人であるという理由である。
「できれば助けてあげたい」
そのためにはどんな助力もしてあげよう。
そう思うのは当然であろう。
その頃、研究所の外では、自動二輪に跨り、今日も日参している慎二がいた。
「なにが悲しゅうて、でば亀みたいなこと……」
言いつつ研究所の玄関を見つめる慎二。
研究所には入れないから、じっと出てくるのを待つしかなかった。
それにしても……。
慎二は考えあぐんでいた。
もちろん長岡浩二、その人のことである。
梓にとっては命の恩人、そして慎二自身の憧れの人だった相手だ。
もし生き返ることがあったとしたら、慎二には敵いようがないのは必然だった。
これまで研究員が一人で細々と研究していたことも、真条寺家の総力をあげれば、蘇生も可能になるかも知れない。
「梓はどうするつもりかな……」
新たなるライバルの出現の予感に頭を抱えていた。
もう一人の絵利香は、自室にて机に向かって勉強中であった。
ふと、窓辺に視線を移して思いをはせる。
「今日も浩二君とこに行っている……。命の恩人ということで、気になることは判るけどね。それよりも脳意識を移植されたことで、神経質になっているみたい。わたしの目から見ても、正真正銘の梓ちゃんであることに変わらないのにね」
研究室。
冷凍睡眠カプセルに眠る浩二を見つめる梓。
「絵利香がいうように、いくら意識を移植されたとはいえ、この人とは赤の他人に他ならないけど……。でも放ってはおけないのよね……どうしても他人には思えない」
そんな梓を物陰から見つめている怪しげな人物がいた。
なにやら灯油缶に入った液体を床に流していたが、やおら紙切れにライターで火を着けると床に放り投げた。
するとボーッという音と共に液体が燃え上がった。そしてまたたくまに床全体を炎が包む。
炎は天井にまで舞い上がり、火災報知機を作動させた。
室内に鳴り響く警報音。
「なに?」
そのけたたましい警報音に振り向く梓。
入ってきたドア付近が炎に包まれていた。
多種多様な化学物質の存在する研究室。引火性のある薬品が次々と燃え上がっていた。
「こ、これは!」
驚愕の梓。
その顔は燃え上がる炎に照らされて、真っ赤に紅潮しているように見えた。
火災報知の警報は、地上の人々を驚愕させていた。
「火事か!」
「火元はどこ?」
右往左往しながら、事態の収拾にあたる所員たち。
「地下研究施設のもよう」
事務室の一角に設けられた火災受信機を調べて報告する所員。
「火元へ急げ!」
「消火器を集めろ」
消火器や消火用バケツを携えた所員が地下への階段に集まる。
もうもうと立ち上ってくる煙に、降りていくことをためらわせていた。
「スプリンクラーは作動しているのか?」
「わかりません!」
一方、所内を揺るがす警報音は、外にいた慎二の耳にも届いていた。
「な、なんだ?」
やがて開いた窓から煙が出始めたのを確認して、
「火事か!」
地下の研究室には梓がいるはずだ。
そして次の行動に移していた。
「梓ちゃんは大丈夫なのか?」
跨っていた自動二輪から降りると、猛然と玄関に向かって走り出した。
「課長! 下には梓お嬢様がいらっしゃいます!」
受付嬢の一人が、甲高い悲鳴のような声を出して言った。
「なんだと、それは本当か?」
「はい。間違いありません」
地下からハンカチを口に当てながら登ってくる研究員達。
その研究員を呼び止めて質問する課長。
「おい! 梓お嬢様を見なかったか?」
「見ない。自分が逃げ出すのでやっとだよ。他人をかまってる暇なんかない」
「ど、どういたしましょう……?」
階下から舞い上がってくる煙に恐怖心を露にする受付嬢
「だめだ! 何の装備もなしに地下へ降りるのは、死に急ぐことになる。火はなくとも有害な煙を吸えば意識喪失して二次遭難になる。消防が到着するのを待つしかない」
そこへ慎二がやってきた。
「おい。梓ちゃんは?」
「何だ、君は?」
部外者の慎二にたいし、明らかに不審の目で尋ねる課長。
「あ、この人。お嬢様のお友達でいらっしゃいます」
受付嬢が答えた。
「どうでもいいだろ。梓ちゃんはどこだ?」
「わからん。下にいるかも知れないが、確認は取れていない……」
「確認だと? ならどうして確認に行かないんだ」
「この状態が判らないのか? 今、降りて行ったら死ぬだけだぞ」
「しかし、下にいるかも知れないのだろう。確かに梓ちゃんは、中に入っていった。それが出てきていない以上、下にいるはずだろう」
「だが二次遭難だけは避けなきゃならん! 責任者として行かせるわけにはいかん!」
「そんなこと言ってるうちに火が回っちゃうじゃないか」
「しかし!」
「ええい。聞いちゃおれん!」
言うが早いか、消火用バケツを持っていた所員を見つけると、それを奪い取って頭から水を被った。
「お、おい。君!」
その意図を察して、止めに入る課長。
「どけよ」
凄みを利かせて課長を睨む慎二。
「ど、どうなっても知らんぞ」
その形相に後ずさりしながらも念を入れる課長。
大きく息を吸い込んで、気を入れてから、
「よっしゃあ!」
怒涛のように階段を駆け下りていく慎二。
そこは目の前一寸すら見えない煙だらけの世界だった。
さすがに咳き込みながら唸るように言った。
「何も見えんぞ!」
しかし野生の勘に冴えた頭脳は、一度通った道を覚えていた。記憶の糸をたぐりながら目的の研究室へと急ぐ慎二だった。
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梓の非日常/第九章・生命科学研究所(五)地下施設
2021.04.19
梓の非日常/終章・生命科学研究所
(五)地下施設
中へ入ると早速受付嬢に捕まった。
「いらっしゃいませ」
業務用顔で笑顔を見せてはいるが、口調は不信感を顕にしていた。まあ、人相の悪い慎二が一緒にいれば当然かもしれない。
「当研究所に何かご用でしょうか?」
「あ、ついさっき女の子が入ってこなかったかと」
「どういうご関係でございましょうか?」
「こ・い・び・と・です!」
「はあ……?」
「誰が恋人よ。勝手に決めないでよ」
突然聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「梓ちゃん!」
「後をつけてきたのね」
長い髪を掻き上げながら、うんざりというような表情の梓。もちろん慎二に対してである。
「おうよ! 悪いか」
「悪いわよ!」
いかにも機嫌が悪そうである。
受付嬢が梓の耳元でひそひそと尋ねる。
「あの……。この方々はお嬢さまのお友達ですか? 特に柄の悪い男の子……」
「一応そういうことになってる」
「梓ちゃん教えてよ。ここで何をしているのか……」
内緒にされていることで哀しそうな顔をしている絵利香。
その表情が梓の同情心をさそう。
「わかったわよ。案内してあげるわよ。ついてきて」
先に立って歩きだす梓。
「まあそういうわけだから、この二人連れて行くね」
「お嬢さまさえよろしければ結構です」
「んじゃね」
軽く手を振る梓。
三人並んで地下研究所へと降りていく。
そして例の扉の前に立ち止まる。
「なんだこれは?」
「見てわからんのか、扉だよ」
「それくらいは判ってるよ。なぜこんな頑丈そうな扉があるかだよ」
「決まっているじゃない。企業秘密を守るためよ。ここにIDカードを差し込んで、あ! こっちが手のひらの血管分布模様や指紋を照合する機械ね」
さすがに絵利香だけあって、状況分析能力は高い。
「とにかく、梓ちゃんが秘密にしているものがこの奥にあるというわけだ」
「まあね……」
梓は端末を操作して扉を開けた。
「言っとくけど勝手に歩き回らないでよ。警報とか鳴るかも知れないからね」
「判ってるよ」
通路を歩いて、あの部屋の前で立ち止まる。
「絵利香ちゃん、ほんとにいいの?」
「なにが?」
「気絶したりしないでよ。かなりキモイのがたくさんあるから」
「そ、そうなの?」
少し心配顔になる絵利香。
「でも梓ちゃんに関係していることなら……」
勇気を奮い起こして姿勢を正す絵利香。
「じゃあ、いいのね」
端末を操作して扉を開ける梓。
静寂の中に扉の開く音が静かに響き渡る。
と同時に中から異様な音が聞こえてくる。
「やたらその辺を触らないでね。セキュリティーに引っ掛かると面倒だから」
念のために再度確認を入れる梓。
「どうなるんだ?」
「知らないわよ」
「やってみるか?」
「怒るからね」
「冗談だよ」
研究室の中に入る三人。
「なんだよ、これは!」
立ち並ぶカプセル培養基に驚愕の表情の絵利香と慎二。
「絵利香ちゃん、大丈夫? 気をしっかり持ってる?」
「だ、大丈夫よ」
とはいうものの、表情は硬かった。
(ほんとに大丈夫かなあ……でも着いてきている以上追い返せないし)
「一体何の研究しているんだ。こんなに動物を集めて」
「クローン研究……らしいわね。ここにあるのは生きた動物から取り出したES細胞を、特殊加工して発生にまでこぎつけたものよ」
「梓ちゃんはこんなものを見にきているのか?」
「あほ! 目的は別のところにあるよ」
カプセルの間を抜けて、さらに奥へと案内する。
「これよ」
指差した先には怪しく輝く横形の冷凍睡眠カプセル。
「な……。これって人間か?」
「見て判らないの? 本物の人間だよ」
「生きてるの?」
「生きてはいないけど、完全に死んでもいないというところね」
「どういうこと?」
「研究者の話しによれば、生きた心臓を移植すれば生き返ることも、不可能じゃないということらしいわ」
「ほんとなの?」
「ええ」
「……うーん……」
中の人物をじっと見つめて何かを思いだそうとしている慎二。
「慎二君、どうしたの? さっきからじっと見つめて」
「いやねえ。この顔……どっかで見たことがあるような気がするんだ」
なおも記憶の糸を手繰ろうと頭を抱えている。
「それでこの人と、梓ちゃんとはどういう関係なの?」
「聞いておどろけ! 以前絵利香ちゃんには話したことがあるけど、三年前の交通事故であたしを助けてくれた人。長岡浩二君だよ」
「なんですってえ! ほんとなの?」
「ええ、間違いないわ。あの事故の後にあたしを蘇生治療した研究者が言ってるのよ」
「お、思い出したぞ。交通事故……そうだよ。三年前のあの日、交差点で女の子を助けたあの人だ! 俺は事故の瞬間を見ていたんだ。突進してくるトラックの前に飛び出して、女の子を庇って死んだあの人だ。俺の憧れ理想の人だった」
「そうね……。以前慎二もそんなこと言ってたわね」
「その女の子がどうなったか知らなかったし、どこの誰かも知らなかった。救急車で運ばれてそれっきりだからな。そうか……その女の子が、梓ちゃんだったんだ」
「へえ……意外な巡り合わせね。もしかしたら、梓ちゃんと慎二君は赤い糸で結ばれているんじゃない?」
「よしてよ。慎二がその気になっちゃうじゃない」
「そうか……。やっぱり俺と梓ちゃんとは、赤い糸で結ばれているんだ」
「もう……」
梓を助けだした恩人が眠っていることは絵利香と慎二には伝わった。
しかし、その記憶の一部が移植されたことまでは、説明することをしない梓だった。
慎二には知られたくないと思ったからだ。
それから研究室を退却して、所内の応接室で話し合う三人。
「そうか、そういうわけで研究室通いしていたわけか。俺達にも内緒で」
「こんなこと簡単に話せる内容じゃないからね」
「わたしと梓ちゃんとの関係は、そんなものだったの? 何でも話し合える間柄だと思っていたのに……。誰しも人には言えない秘密を持っているとはいえ、水臭いんじゃない?」
「悪かったわよ。でもね……場所も場所だったし」
「まあ確かに、あんなグロテスクなものが並んでいるところは、絵利香ちゃんには似合わないな。よく気絶しなかったと不思議なくらいだ」
「あ、あれくらい何でもないわよ。実際平気だったでしょ」
「声が震えているわよ」
「気のせいじゃない?」
「しかし、浩二と言ったっけ、生き返る確率はどれくらい?」
「ははーん。慎二君は、生き返られると困ると思ってるでしょ。命の恩人となれば、梓ちゃんの気持ちが移っちゃうんじゃないかと」
「ば、ばか言ってんじゃないよ」
「図星ね」
「二人ともいい加減にしてよ!」
「梓ちゃん、赤くなってるわよ」
「え? ほんと?」
「うそよ」
「もう……」
それから数時間後。
研究室を出て、病院前でタクシーを拾う梓と絵利香。
慎二は一足先に自動二輪で帰っていった。
タクシーの中。
「ところでファントムⅥじゃなくてタクシーで通っているところをみると、麗香さんにも内緒にしているのね」
「うん。お母さんにだって知られていないことだから。知っているのは絵利香ちゃんだけよ」
「そうか……」
運転手に聞かれても差しさわりのない程度に話し合う二人。
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2021.04.21 08:24
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